コンタクトレンズの情報交換を行いました。
これは、日本人のわび、さびといった精神文化的な伝統と無縁ではないが、むしろ、色よりも形を大切にしてきた伝統の所産ということができる。
「色じかけ」という俗語があるが、意味は多少ちがうものの、こうした感覚は日本人のあいだでは、あまりよいこととされていない。
住まいにも、「色」はすぎると毒といえよう。
窓ぎわのインテリアは、外の環境を考慮に入れて工夫されなければならない。
日本語に訳せば、「見はらし窓」とでもいおうか、外の風景がそのまま部屋の中で楽しめるような、一枚ガラスの大きな窓を「ピクチュア・ウィンドウ」という。
このピクチュア・ウィンドウの発想は、日本的な横長の大きな窓から始まった。
日本語のマドという言葉は「関戸」で、すなわち柱と柱の間にはまった戸、という意味である。
風穴という程度の意味しかないウィンドウや壁に穿った穴という文字構成からできている漢字の窓とはちがって、もともと日本語のマドのコンセプトは、ピクチュア・ウィンドウそのものという感じがする。
このような大きな窓が一般の住宅にもしつらえられるようになったのは、ガラスの製造法の進歩と無縁ではない。
昔の板ガラスは、お好み焼きをつくるようにしてこしらえたので、大きく平坦な板ガラスがつくれなかった。
その後、板ガラスの製法は進歩したが、それでもガラス越しに見た外の景色がゆがまないほど平坦なガラスをつくるには、研磨など、いろいろと工程が増え、安価で平坦なガラスを供給することがむずかしかった。
ところが最近、板ガラスの製造について技術革新がつづき、平坦で、大きな板ガラス製造法が開発された。
鉛とスズの合金の熔融面にガラスを浮かせて、大きく平坦なガラスがつくられる。
鉛とスズの溶融面というのは当然水平面であるから、均質で大きなガラスをつくることが可能になった。
私は、この日本的な発想の広く大きい開口部、マドをできるだけ設計のなかに組み入れるように努めている。
ガラスは遮音効果がよく、熱の伝導率も小さいので、建築材料としては優れている。
ただし、薄いガラスは、地震で変形したり、台風による風圧で割れることもあり、飛来物で壊されることもある。
十分に厚い板ガラスを使えば、これらの問題は若干解決する。
ガラスに限らずものはすべて厚さを2倍にすると価格は2倍弱にしかならないが、ゆがみに対しての強さは、その3乗=8倍になる。
紙障子がガラス障子になったという発想ではなくて、石壁が石英質の透明なガラスになったと考える発想の転換も必要だろう。
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